2010年1月27日 (水)

命とは・・・

 「命とは残された時間である」という言葉を,最近読んだ本の中に見つけた。限りある命とどう向かい合っていくか。そして,自分に残された時間を,どのように生きていくのか?いつ訪れるともしれない「死」の恐怖に戦くよりも,生きているという喜びをかみしめながら,残された時間を精一杯生きることが,自分の命に真っ正面から向き合うということなのだと。そしてその本の筆者は,こうも記していた。「命を,自分のためだけでなく,人のために使ってあげてほしい・・・」と。自分に残された時間は,自分自身のためだけにあるのではない。自分の愛する人,自分を支えてくれる人,自分を信じてくれている人・・・。自分に残された時間,すなわち命は,そんな人たちのためにも使われるべきなのであろう。

 最後にこのブログを書いた2007年のクリスマス・イブから,2年以上の年月が流れた。中途半端に,何の前触れもなく更新を止めてしまったのは,新しい命と向き合うことになったからである。2008年1月27日,ちょうど2年前の今日,最愛の娘が誕生した。一時は切迫早産の危険性もあった妻が,9ヶ月近く大切に育んできた命を,この世に誕生させたのだ。それからというもの,私の生活は一変した。自分の時間を好きなように,ほぼ自分自身のためだけに使ってきていた私が,自分よりも遙かに幼く,無力で,小さな命のために,自分の「命」を使うようになったのだ。そしてそれは,「親」として至極当然のことであった。

 1度止めてしまった流れを取り戻すには,それ相応のエネルギーがいる。広げた風呂敷を閉じるため,最後にもう1度筆を執るのに,2年という月日を費やした。その間にも,世界は一瞬たりとも止まることなく動き続けている。それは,「日進月歩」どころか,「秒進分歩」のF1界にとっても同じこと。この2年の間に,SAF1が,ホンダが,そしてトヨタがF1を去り,佐藤琢磨,山本左近,中嶋一貴の日本人ドライバーも,もはや「過去のドライバー」になろうとしている。2010年を最後にブリヂストンがタイヤ供給から撤退すると,「F1から日本がなくなる」という,一時期では考えられないような事態が,現実に起ころうとしていたのである。

 そんな中で唯一の希望は,このブログでも以前から注目していた,小林可夢偉の存在であった。昨年11月に行われた「モータースポーツフェスティバル2009」で,幸運にもその可夢偉からサインをもらう機会に恵まれた。「可夢偉選手,干支と誕生日同じですよね?」と,私が差し出した運転免許証を見て,「あ,ホンマや!」と言いながら,気さくにサインをしてくれた可夢偉。その翌日に舞い込んだF1デビューの知らせを聞いたとき,どんなにうれしかったことか。その後の活躍と,トヨタ撤退のどん底から実力で勝ち取ったBMWザウバーのレギュラーシートは,これからの可夢偉の活躍を予感させるに十分なものだろう。

 新しい時代の幕開けが,刻一刻と迫っている。そんなF1を一人のファンとして,これからも見守り続けるだろう。このブログを始めたのは,弟の誕生日。自分と同じ誕生日の可夢偉の活躍を祈りながら,娘の誕生日の今日,ここに筆を置こうと思う。

最愛の妻みゆきと,娘みずほのために,この「命」を捧げながら・・・。 KAZ

 

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2007年12月24日 (月)

お金では得難い「感動」

 ウェブの中をウロウロしていると,時々面白いサイトに出くわすことがある。今日見つけたサイトは,「MyBoo」というブログ解析サイト。自分の書いているブログに「どんな話題」が多いのか,そこには「どんな気分」が現れているのかなどを解析できるという。早速このサイトのURLを入れ解析してみた。結果は,『「感動の様子」がブログににじみ出てます。話題に関しては「本」について多く書かれているみたいです。』とのこと。本についてのエントリーはそれほど多くないと思うが,「感動の様子」と言われれば「当たらずとも遠からず」かもしれない。モータースポーツの世界には,お金では得難い「感動」がであるからである。

 クリスマス休暇真っ最中のF1界。当然,世界に発信されるニュースも多くはない。しかし,そんな中でどうしても探してしまうのが,SAF1に関するニュースである。チームの危機的な財政状況が伝えられる中,先週ダニエレ・オーデット/マネージング・ディレクターは,「我々にはまだふたつの問題がある」と,現状を語っている。二つの問題とは,既に周知の通り,4000万ドル(約45億円)にものぼる金銭的損失と,中々結論の出ないカスタマーシャシーの問題である。カスタマーシャシー問題に関しては,年明けに裁定が行われると言われているが,これらが解決されないことには,来季の計画など立つはずもない。

 鈴木亜久里代表は,現在も複数の企業とスポンサー契約のと話し合いを続けているという。しかし,SAF1の創設以来言われ続けていることが,「日本企業はあまり興味を持ってくれない」ということである。現在日本中を探しても,億単位の広告宣伝費をモータースポーツに使うことのできる企業は限られている。ましてやF1は商標権の問題から,レース映像を広告媒体として使うことは不可能に近い。そうなると,宣伝の為だけではなく,スポンサー同士の「Business to Business」いわゆるBtoBと呼ばれる企業間取引が見いだせなければ,企業側もF1に興味を示してはくれない。しかし,残念ながらプライベーターであるSAF1には,それを推進するノウハウが殆どないのである。

 一方,同じプライベーターでありながら,このBtoBを積極的に取り入れ,多くの企業から支援を受けているチームがある。F1界の古豪ウィリアムズである。ウィリアムズのスポンサーにはAT&Tを始め,レノボ,RBS,ロイター,アリアンツなと,多くの企業が名を連ねている。これらの企業はただスポンサーとしてチームに資金を提供し,マシンにロゴを露出させているだけではなく,互いのビジネスチャンスを拡大できるのである。ウィリアムズのスコット・ギャレット/スポンサーシップ・マネージャーは「2002年以降,我々のパートナー間で5億ドル(約588億円!)に相当するビジネスを促進してきた」とBtoBの成果を語っている。「感動」を得るためには,やっぱりお金も必要だよなぁ。

参照サイト:MyBoo

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2007年12月16日 (日)

マネージャー達の東奔西走

 世間は何かと慌ただしい師走を向かえているが,走り回っているのは何も坊主ばかりではない。年内最後の合同テストを終え,束の間のクリスマス休暇に入ったF1界にも,東奔西走している人々がいる。チームやドライバーの契約を司るマネージャー達である。オフシーズンは,チームやドライバーの将来を左右する重要な時間である。特にドライバーのマネージャーは腕の見せどころ。自分の担当するドライバーの将来はもちろんだが,その契約金の何割かは自身の懐に入るのだから真剣そのものである。従ってこの時期は少しでも有利な条件の契約を結ぼうと,マネージャー達は分厚い契約書と格闘していることだろう。

 F1ドライバーの契約は,非常に複雑かつ強固であると言われている。その契約書には契約金や契約年数はもちろんのこと,契約延長や破棄に関するオプション事項,チームメイトに対する優先権,プロモーション活動の取り決め,更には家族の移動旅費から友人に対するパドックバスの支給枚数に至るまで,実に多岐に渡り記されている。仕事場であるサーキットからプライベートに至るまで事細かに記された契約書は,ドライバーによっては数百ページに及ぶと言われるのも納得ができる。先日,来季の去就が注目されていたフェルナンド・アロンソが,古巣ルノーと来季以降のドライバー契約を結んだが,その契約書にも膨大な「附帯事項」が記されているに違いない。

 その一方で,「F1の契約はあってなきようなもの」とも言われている。いくら強固な契約を結ぼうとも,双方が合意の上であれは途中で契約解除となる場合もあるし,成績が振るわなければ,一方的に解雇される場合もある。そうでなくても,金の力である程度は何とかなるのがF1界。バトンゲートを例に出すまでもなく,違約金を払って移籍するドライバーなどいくらでもいるのが現実である。下位チームなどはそれを逆手に取り,将来有望な若手をトップチームに契約ごと売りつけることで,過酷なF1界で生き残ってきた歴史がある。ジャンカルロ・ミナルディやエディー・ジョーダン,ペーター・ザウバーといったかつてのチーム代表らは,若手発掘には定評のあった人物である。

 しかし現代では,下位チームで実力を認められ,トップチームへとステップアップする例は少なくなってきている。GP2が「F1予備校」の地位を完全に確立した今日は,GP2上がりの新人ドライバーがいきなり,或いはテストドライバーを経て,トップチームからデビューする時代である。既に来季も,ティモ・グロックがトヨタの,ネルソン・ピケJr.がルノーのレースシートを射止めている。ルイス・ハミルトン&ヘイキ・コバライネンのマクラーレン,ニコ・ロズベルグ&中嶋一貴のウィリアムズは,共にGP2卒業生同士のラインアップとなる。それだけに若手ドライバーのマネージャー達もGP2 のシートに狙いを定め,F1関係者の目に触れる機会を増やそうとしているのだ。マネージャー達の東奔西走は今日も続く…


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2007年12月10日 (月)

平均年齢を上げるのは?

 日本で一般的に「定年」というと,60歳前後を指すものだろう。日本では,戦後の高度経済成長を支えてきた「団塊の世代」が定年退職を迎えているが,F1界に於いてもここ数年,世代交代の波が押し寄せている。20歳そこそこの若手が次々と台頭する中,長年で戦ってきたベテラン・ドライバーの行き先が不透明になってきているのだ。先日フォース・インディアでテストを行った,ジャンカルロ・フィジケラとラルフ・シューマッハのふたりである。34歳のフィジケラ,32歳のラルフ。一般社会の中では,まだまだこれからの年齢であるが,低年齢化が進むF1界では,30代はもう大ベテランということなのだろうか。

 90年代初めまでは,F1ドライバーの平均年齢も,現在ほど低くはなかったはずである。ふと気になって,F1ドライバーの平均年齢を調べてみた。今から20年前,日本人初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟がデビューを飾った,1987年の開幕戦ブラジルGP。最年長34歳ネルソン・ピケから,最年少22歳のアレックス・カフィまで,総勢23名の平均年齢は,29.2歳となっている。5年後の1992年開幕戦南アフリカGPでも,その年齢はほとんど変わっていない。しかし,それから僅か5年後の1997年開幕戦時には28.1歳と1歳近く若返り,今季開幕戦時は27.6歳まで低年齢化は進んでいる。20年前と比べ,実に1.6歳も若くなっているのだ。

 更に調べていくと,面白いデータが出てきた。2007年最終戦ブラジルGPに参戦したドライバーの平均年齢は27.5歳。ほぼ全員が1歳年を重ねているにもかかわらず,何と今季開幕戦時よりも0.1歳若くなっているのだ!これは,ウィリアムズのベテラン,33歳のアレックス・ブルツが引退し,22歳の中嶋一貴がデビューしたこと。27歳のクリスチャン・アルバースに代わり25歳の山本左近。更にスコット・スピードに代わり,弱冠20歳のセバスチャン・ベッテルが参戦していることなどが原因となっている。交代させられたスピードも,まだ24歳と十分若いのだが・・・。

 その一方で,若手に負けじと現役続投に意欲を燃やすドライバーもいる。現役最年長36歳のデイビッド・クルサードは,来季もレッドブルで参戦する見通しであるし,参戦15年目となるホンダのルーベンス・バリチェロも,最多参戦記録更新を射程に入れている。更にここに来て,36歳のペドロ・デ・ラ・ロサがマクラーレンから復帰する可能性も出てきている。弟に「もうF1で走るべきではない」と,引退を勧めたミハエル・シューマッハも,38歳の年齢を感じさせることなく,テストではトップレベルのタイムを連発するなどまだまだ元気がいい。ベテランと若手がしのぎを削ってこそ,F1のレベルも上がるというもの。来季,平均年齢を上げるのは,果たして誰になるのだろうか。

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2007年12月 2日 (日)

HONDAに纏わるエトセトラ

 26歳という若さでこの世を去った童謡詩人,金子みすゞの代表作「私と小鳥と鈴と」に「鈴と,小鳥と,それから私 みんな違ってみんないい」という部分がある。このフレーズは,個性重視の現代社会を象徴する言葉としてよく耳にするが,多少解釈が曲げられている気がしてならない。本来「みんな違ってみんないい」とは,何でもかんでも許されると言う意味ではない。集団の中で「個性」が生きてこそ,初めて「みんな違ってみんないい」なのだ。今季のマクラーレンを例に挙げるまでもなく,いくら優秀な人物が集まろうとも,各が好き勝手をやっていたのでは良い結果が得られるはずもない。

 では,個性的な人物が不必要なのかというと,決してそう言うわけではない。組織によっては,強力な個性を求めているところもあるだろう。そのひとつであり,今季大不振に陥ったホンダは,元フェラーリのテクニカル・ディレクターであったロス・ブラウン氏を,チーム代表として迎え入れている。和田康裕チェアマンによると,ブラウン代表の担当する領域は「モノづくりも含めて,マシン開発,レース運営全て」とのことであり,いわゆるテクニカル・ディレクターの仕事を含むチーム代表と言うことになる。長らく不在だった技術部門を束ねる人物が誕生したことで,マシン開発はもちろん,ホンダの苦手分野であった戦略面でも,ブラウン代表の手腕が発揮されることになるだろう。

 そしてもう一人,ホンダ加入の噂が上がっているのが,マクラーレンを僅か1年で飛び出したフェルナンド・アロンソである。もっともこれは,ルノーやレッドブルとの交渉を有利に進めるため,アロンソサイドがリークした情報との見方が強い。複数年契約を持ちかけているルノーやレッドブルに対し,1年契約を希望するアロンソ側と話し合いが平行線をたどっているが,自身の選択肢を増やすためにも,1年契約はアロンソにとって譲れない「絶対条件」だろう。当初ホンダは,アロンソ騒動とは無関係と思われていたが,ルーベンス・バリチェロがロスブラウンと共にSAF1のファクトリーを訪れたという報道もあり,ここにきて動きが慌ただしくなってきている。

 そして気になるのが,もう一つの「HONDA」ブランド,SAF1である。今週のへレステストには,まだ来季の去就を明らかにしていない佐藤琢磨が,テストドライバーのジェームス・ロシターと共に参加する見通しである。使用するマシンは前回のバルセロナテストと同じく,SA07-5Bと呼ばれるRA107であると考えられる。カスタマーシャシー問題が未解決のため,来季体制も不確定なSAF1だが,少なくともSA07を来季も使い続けることはないだろう。最も可能性が高いのが,RA107を栃木研究所のバックアップの元,改修して使用するパターン。果たしてそれが琢磨の言う「納得できるパッケージ」なのかは不明だが・・・。HONDAに纏わるエトセトラは,まだまだ続きそうだ。

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2007年11月25日 (日)

鈴木亜久里の「冒険」

 「冒険」と「探検」の違いをご存じだろうか。一般的に「冒険」とは「危険な状態になることを承知の上で,あえて行うこと」であり,「探検」は「未知の地域に入り,実際に調べること」であるという。つまり,この二つの言葉の違いは,「命の危険があるかないか」ということになるだろう。先月,SAF1の誕生から現在に至るまでがまとめられた「鈴木亜久里の冒険」という本が出版された。不可能と言われた128日でのF1参戦を実現し,今季2年目のシーズンを戦い終えた鈴木亜久里代表とSAF1。その過程は,まさに命を賭けた「冒険」そのものであったことを,本書は記している。

 この本の著者は,ベテラン・モータースポーツジャーナリストで,SAF1のHPでは各GPごとにインサイド・レースレポートを執筆する赤井邦彦氏。チームを最も近くから見守り続けてきたジャーナリストとして,今まで明らかにされていなかったSAF1の舞台裏をが克明に記している。当初亜久里代表が,ホンダの共同オーナーとしてF1参戦を考えていたこと。ディレクシブが,亜久里代表のB.A.R株式買収を支援する予定であったこと。今まで謎とされていた4800万ドル(約58億円)もの供託金の出資者が,あおぞら銀行であったこと。冒頭から今まで謎とされてたことが次々と明らかにされ,読む者を惹きつけて止まない。秋の夜長にぴったりの,インサイドストーリーとなっている。

 さて,そのSAF1だが,総勢150名のスタッフのうち30名ほどが人員削減されたとの報道がされたように,残念ながらチームの状況は芳しくないようだ。SSユナイテッドの債務不履行があった後,チームはマシン開発を凍結し何とか今季を乗り切った。しかし,来季に向け更なる資金を調達しなければ,再びチーム売却の恐れも出てくる。最大のネックとなっているのが,カスタマーシャシー問題の結論が依然として出ていないことである。亜久里代表は,「決めるのはFIAとFOMだが,すでに落とし所は見えていると思う」との見解を示しているものの,この状況に新規スポンサーが二の足を踏んでいることは明らかだろう。

 一方,来季のドライバーラインアップも依然として発表がない。先日ツインリンクもてぎで「Enjoy Honda ホンダ・レーシング・サンクス・デー」に参加した佐藤琢磨は,「いくつかのチームと交渉をしているが,SAF1がボクの期待するポテンシャルを出してくれれば,来年も同じチームで闘いたい」と,SAF1残留が基本線であることを示している。しかし,「ボク自身が納得できるパッケージが揃っていないので,最終合意には達していない」とも語っているとおり,チームが来季を戦えるだけの体制を整えられなければ,状況は大きく変わってしまうだろう。チーム,スポンサー,マシン,ドライバー・・・。鈴木亜久里の「冒険」は,まだまだ続く・・・。

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2007年11月18日 (日)

「国内最高峰」の変革

 「終わりよければすべてよし」という言葉があるように,どの様な過程があろうとも,最終的にスッキリする形で物事が終われば,嫌な思いをする人間も少ない。しかし,それまでどんなに素晴らしい戦いが展開されようとも,最後の最後でトラブルが起きてしまえば,「後味の悪さ」だけが残ることとなる。ブラジルGPでの「燃料温度問題」に対し,国際控訴裁判所がマクラーレンの控訴を却下したことで,キミ・ライコネンのチャンピオンがようやく確定したが,もしこの控訴が認められルイス・ハミルトンが逆転チャンピオンになろうものなら,今季数々のスキャンダルに見舞われたF1のイメージは,取り返しのつかないほど凋落したことだろう。

 日本でも今日,鈴鹿サーキットを舞台に,もうひとつのチャンピオン決定戦が行われた。「国内最高峰」フォーミュラ・ニッポンのタイトル決定戦である。そしてここにも,後味の悪さが残る結末が待ち受けていた。インパルのブノア・トレルイエと松田次生,ナカジマ・レーシングの小暮卓史による三つ巴の戦いは,小暮が優勝を飾り大逆転のチャンピオンを決めたかに思えた。しかし,レース終了から2時間後,マシンのスキッドブロック違反により小暮に失格の判定が下った。これにより,4位に繰り上がった松田がリタイアに終わったトレルイエを上回り,1点差で再逆転のチャンピオンとなったのだ。

 どのような形であれ違反は違反。そこに感情が入る余地はない。しかし,今まで繰り広げられてきた白熱の戦いが,僅か数ミリの狂いにより決まってしまったことには,小暮本人はもちろん多くの関係者やファンも失望していることだろう。小暮は今月20日に,今季インディ・プロシリーズを戦った武藤英紀と共に,SAF1でのF1初走行を控えていた。武藤が来季IRLにアンドレッティ・グリーン・レーシングからフル参戦するのに対し,小暮の来季に関してはまだ何の発表もない。小暮としてもF-NIPPONのチャンピオンを手土産に,F1へのステップアップを目指したかったに違いない。しかしそれも今となっては,叶わぬ夢となってしまうのだろうか。

 チャンピオンがF1へとステップアップ出来ない状況が続いているF-NIPPONは,一体これからどの様な道を歩むことになるのだろうか。F-NIPPONの統括団体であるJRPは,2009年から現行のローラFN06に変わりスウィフト・シャシーと新エンジンの導入を決定。「日本独自のトップカテゴリーとして地位を確立し,アジア・パシフィック地域を代表するレースを構築する」としている。GP2がF1へのステップアップカテゴリーとして不動の地位を築いている今,F-NIPPONは独自路線を歩むことを決断したのである。エイドリアン・スーティル,中嶋一貴ら全日本F3出身者が次々とF1へとステップアップしていく中,「国内最高峰」のF-NIPPONにも大きな変革が迫っている。

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2007年11月11日 (日)

TDP三銃士三様の1年

 1年という時間を長いと考えるか短いと考えるかは,その人の捉え方しだいである。しかし,1000分の1秒を争うモータースポーツの世界に於いて,1年という時間は人生を大きく左右させるのに十分な時間である。ちょうど1年前,未来のF1ドライバーを目指し,共に激戦のユーロF3を戦った3人の若者がいた。ユーロ初参戦での光る走りが認められ,名門ウィリアムズのテストドライバーに抜擢された中嶋一貴。2年目のユーロを3位で終え,GP2へのステップアップを果たした平手晃平。フォーミュラ・ルノーのタイトルを手土産にユーロに参戦し,マカオGPではPPも獲得した小林可夢偉。それぞれが着実に結果を残し,次なる目標に向け羽ばたき始めた時であった。

 あれから1年。3人を取り巻く状況は,大きく変わり始めている。まず,何と言っても最大の成功者は,来季からウィリアムズのでF1フル参戦を果たす一貴であろう。今季の一貴はDAMSからGP2に参戦し,ルーキー最上位のランキング5位という結果を残した。当初は来季もGP2に参戦し,今季果たせなかった勝利とタイトルを狙うものと思われていたが,事実上の「テスト参戦」となった最終戦ブラジルGPでの走りが認められ,ついに念願のレギュラーシートを獲得した。GP2未勝利の一貴に対し,「レギュラードライバーになるには経験が足りない」との声もあるが,そこは適応力の高い一貴のこと。きっと来季は,我々を驚かせてくれる活躍をしてくれることだろう。

 一貴が夢への階段を一気に駆け上がったのに対し,不本意な形でヨーロッパを後にしたのが晃平である。トライデントからGP2に参戦した晃平だったが,わずか9ポイントのランキング19位でシーズンを終えた。不振の原因は,チームスタッフとのコミュニケーション不足。と言っても,これは晃平だけの責任ではなく,彼の言うことを聞こうとしなかったチームにも問題がありそうだ。もちろん,与えられた環境で最大限の成果を発揮しなければ,次へのステップに繋がらないのだが,せめてあと1年チャンスが与えられなかったのかとも思う。ただ,晃平はまだ21歳と若い。次なるステップに向け,来季は日本での復活を期待したい。

 最後は2年目となるユーロF3で,タイトル獲得を狙った可夢偉。しかしその可夢偉も,今季は不完全燃焼の1年となってしまった。マニクールで待望のユーロF3初優勝を挙げたものの,トラブルやアクシデントで結果に結びつかないレースが幾度となく続き,最終的にランキングは4位。それでも来季はGP2への参戦が確実とされており,既にARTやDAMSでテストも行っている。順当に行けば,トヨタのテストドライバーも務めるはずであり,「トヨタの秘蔵っ子」とも言われる可夢偉の未来は明るい。今季の彼に残された仕事は,マカオGPでF3の総決算をすることである。TDP三銃士にとっては三者三様の1年だったが,来年の今頃はまた違った人生が見られるのだろう。

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2007年11月 4日 (日)

アロンソよ,何処へ行く・・・。

 職場に於いて,最も重要なことは一体どのようなことだろう。職務に対する専門知識,上司やクライアントを満足させる成果,時間と費用に対する効率のよさ,スムーズに仕事を進めるための環境・・・。そのどれもが,重要であるには違いない。しかし,最も忘れてはならないのが「全ては人間が行っていること」という点である。つまり職場に於いて最も重要なことは,仕事を気持ちよく進めることができる人間関係が構築できているかという点である。いくら環境が優れていても,そこで働く者同士が信頼関係で結ばれていなければ,成果が上がることなどない。

 先日,フェルナンド・アロンソがマクラーレンを離脱するというニュースが,全世界を駆けめぐった。今季,ダブル・チャンピオンの肩書きをひっさげ,意気揚々とマクラーレンに移籍したアロンソであったが,当の本人もまさか1年で離脱することになろうとは,夢にも思わなかったことだろう。もちろん,ルイス・ハミルトンという強烈な存在がなければ,このような事態は起こらなかったのかもしれない。しかし,ハミルトンがデビューイヤーからアロンソを脅かす存在になることなど,誰一人として予想していなかったのだろうから,彼を責めることなどできない。

 あえて理由を挙げるとするならば,マクラーレンという職場の雰囲気が,アロンソには合わなかったということなのだろう。スペイン人らしく,ラテン気質で言いたいことははっきり言うアロンソにとって,マクラーレンは少々窮屈だったのかもしれない。移籍当初こそ優等生発言をしていたアロンソだが,シーズンが進むにつれチーム内での居心地は悪くなっていった。イギリスチームの中で,イギリス人スタッフに囲まれ,イギリス人のチームメイトを持ったことで,「自分は孤立している」と,最後は半ば疑心暗鬼になっていたようにも思える。それほどアロンソは,追いつめられた状況にあったのだろう。

 何はともあれ,アロンソがマクラーレンを離れることは決定事項である。そしてアロンソは,彼を招き入れてくれる家を探さなくてはならないのだが,これが簡単なことではない。今季は惜しくもランキング3位に甘んじたとは言え,現役最多19勝を数える2度の王者を満足させるだけの戦闘力を有し,かつ高額な年俸を支払えるチームとなると限られてくる。これをクリアできそうなフェラーリやBMWザウバーは,既に来季のドライバーを確定している。古巣ルノーは歓迎の意向を示しているが,契約年数で揉めている。となると,豊富な資金力を誇るトヨタやレッド・ブルという可能性もあるが,こちらはお世辞にも優勝を狙えるチームとは言えない。さてさて,アロンソよ,何処へ行く・・・。

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2007年10月28日 (日)

崇高なる跳ね馬の行方

 世の中に崇高なものは数限りなくあるが,レースの世界となると,それぞれの価値観によって崇高さは異なってくる。しかし「フェラーリ」という名は,世界中どの国に行っても,ある種独特の響きと世界観を感じさせてくれるものだろう。以前,旅行でイタリアを訪れた際,ミラノのとあるレストランで食事をしたことがある。F1ドライバーも訪れるというそのレストランの壁面には,歴代フェラーリF1の写真が数多くディスプレイされていた。そして,私が座った席の真横には,「カヴァッリーノ・ランパンテ」のエンブレムが,誇らしげに飾られていた。フェラーリ信者でもない私でも,思わず手を合わせてしまいたくなるような,そんな崇高さを感じた思い出がある。

 さて,キミ・ライコネンによる大逆転劇で幕を閉じた2007年シーズンだが,チャンピオンチームとなったフェラーリの来季体制は,まだ不透明な点が多い。一時はマクラーレンのフェルナンド・アロンソが移籍することも噂されたが,少なくとも2008年に関しては,ライコネン&マッサのラインアップに変更はなさそうである。スペインで行なわれたアストゥリアス皇太子賞の授与式に参加しミハエル・シューマッハも,「フェルナンドのファンをがっかりさせたくはないけど,今のところフェラーリのシートは埋まっている。マッサとライコネンは長期契約をしているから,現時点ではどうしようもない。僕たちは2人のドライバーに満足しているからね」と,アロンソのフェラーリ入りを否定している。

 そうなると問題は,誰が代表の座に就くかという点であろう。フェラーリの総帥であるルカ・ディ・モンテゼモロ/フィアット会長は,来季の体制はクリスマス前までには発表することを明らかにしたが,これが一筋縄ではいきそうにない。一時はジャン・トッド代表がダブル・タイトルを花道に一線を退き,代わって現在長期休暇中のロス・ブラウン/元テクニカル・ディレクターが代表の座に就くと目されていた。しかし,フェリペ・マッサが,2010年まで契約を延長したことで,情勢は微妙に変化している。そしてそこには,ミハエル,バーンを従えるモンテゼモロ会長と,息子でありマッサのマネージャーでもあるニコラスを擁するトッド代表との権力抗争が見え隠れする。

 元来トッド代表は,モンテゼモロ会長自身がスポーティング・ディレクターに任命した人物である。就任当初は中々結果の出なかったトッド体制であったが,ミハエル&バーンを獲得し,1999年から実に6年連続コンストラクターズ・タイトル獲得という黄金期を築き上げた。しかし,そのシューマッハが引退した現在,二人の関係は微妙に変化してきている。今後もフェラーリF1に影響力を残したいモンテゼモロ会長と,現在の立場を維持しつつ,いずれ息子のニコラス・トッド氏をフェラーリの代表に就かせたいトッド代表。「シューマッハ以降」の崇高なる跳ね馬は,その行方を決めかねている。

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