トップページ | 2006年7月 »

2006年6月29日 (木)

ニューマシン「SA06」を考える

 2006年F1グランプリシーズンも,すでにその日程の半分を終えようとしている。北米ラウンドの2戦を終えると,いよいよSAF1のニューマシン,「SA06」のデビューが待っている。ここまで旧車で苦しいシーズンを送ってきたSAF1にとっても,待ちに待ったグランプリとなるはずである。

 アメリカGPを目前に控えた6月29日現在,このSA06に関する情報はまだ少なく,わずかにチーフテクニカルオフィサーのマーク・プレストンの,「モノコックにお金と時間をかけるより,その分空力に欠けた方がよいと気づいた。」という言葉から,SA06のモノコックも現在のSA05(A23)ベースになることが予想されるだけである。しかしこのモノコックは,以前鈴木亜久里代表が「焼く行程もある。」と語っていたことからも,現在のものをただ流用するのではなく,その設計をも基に新たに作ると言った方が適切なのかもしれない。カナダGP後に,佐藤琢磨が「このモノコックは本当によくできていて,まるでアップデートを前提に設計されたのではないか。」とも語っていたことからも,その事実が裏付けられるのではないか。

 もう一つの注目点は,「ギアボックスは,本当にホンダから提供されるのか?」と言うことである。以前プレストンTDが,「ギアボックスはシームレスシフト」と語っていたが,これはホンダ製ギアボックスの提供を受けるものと理解されていた。しかし,その後周囲から聞こえてくるのは,ホンダのサポート体制が縮小されていると言うものばかり。しまいには,来期はルノーエンジン搭載か?との記事まで流れ出す始末である。

 確かに,現在のホンダワークスの状況を考えれば,サポート体制が不十分と言われても仕方のないところではある。しかし,HRDの和田社長がAUTOSPORT誌で語っていた,ホンダワークスの人的・物的支援体制を考えれば,この両者の関係は強固なものであることが容易に想像できる。そもそもSAF1が設立されたのはホンダの強力なバックアップがあったからであって,いかに現在のホンダワークスの状況が厳しかろうと,その関係に早々に疑問を投げかけるものではない。

 さて,話を戻すが,ギアボックスがホンダ製のものになれば,それに付随する数々のパーツ(リアサスペンション等)もホンダ製になる。これがモノコック本体の軽量化・エンジン搭載位置の低重心化・バラストを使った重心のセンター化が重なれば,少なくともオーバーステアとアンダーステアを繰り返す現在の状況からは脱することができるであろう。それによるタイムアップは「1周あたり3秒(鈴木亜久里代表)」と言われているが,現実的なラインとして,1周あたり1.5秒~2秒といったところであろう。それでも当面のライバルであるミッドランド,サーキットによってはトロ・ロッソともレースができる状況になると考えられる。

 そこから先,どれだけニューマシンを熟成し,10月の日本GPを迎えられるかは,偏に資金力と言っていいだろう。ここ数戦,小口ではあるがスポンサーが増えてきているSAF1だが,メインスポンサー(ホンダがメインスポンサーとも言われているが)の獲得は今期後半そして来年に向けての最重要課題となる。鈴木亜久里代表の手腕が問われることになるだろう。にしても,参戦表明からわずか半年。ここまで波瀾万丈の1年目になるとなるとは誰が予想したことか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月22日 (木)

フォーミュラ・コミュニケーション!!

 初めてF1を生で見たのは1990年の日本GPだった。今から16年も前のことである。スタートからわずか数秒後,フロントローからスタートしたマクラーレンのアイルトン・セナとフェラーリのアラン・プロストが接触,両者リタイアというショッキングな幕開けとなったGPである。誰も予想できなかったドライバーズタイトル争いの幕切れに,サーキット中が凍りついた。これによりセナの2度目のタイトルが確定。しかしその後味の悪さは,誰もが感じることであった。

 そんな重い空気を切り裂いたのが,地元日本で気迫の走りを見せるエスポラルースの鈴木亜久里だった。予選9番手からスタートした亜久里は,メインストレートでロータスのディレック・ワーウィックをとらえると,タイヤを半分ダートに落としつつも1コーナーの立ち上がりで豪快にパッシング。スタンドからは猛烈な歓声が沸き上がる。その後も亜久里は,当時4強の一角を占めていたウィリアムズの2台を従え順調に周回を重ねる。そしてクライマックス。ベネトンのネルソン・ピケ&ロベルト・モレノに続き,堂々の3位表彰台を獲得。15万の地元ファンの前で表彰台に上がった亜久里は,口を真一文字に結び,わき上がる感動をかみしめるように見えた。一転,お得意の「亜久里スマイル」でのシャンパンファイトは,今も色あせることのない想い出である。

 時は流れ2006年。再び日の丸を表彰台に揚げるべく,亜久里は今度はチーム代表としてF1の世界に戻ってきた。昨年11月1日の「スーパーアグリF1」参戦発表からわずか128日。誰もがその挑戦を無謀と考える中,開幕戦の舞台であるバーレーンのスターティンググリッドにはには2台のマシンが並んでいた。そして4年落ちのマシンを必死に操った佐藤琢磨の完走。現役時代から有言実行をモットーとしていた亜久里代表の想いが,奇跡を生んだ瞬間であった。

 今シーズンほどF1を真剣に見たことはない。佐藤琢磨のB・A・R解雇,SAF1参戦までの長い道のり,老兵SA05での苦しい戦い,井出有治のライセンス剥奪・・・。わずか1年前には想像も出来なかったことが次々に起こっている。SAF1の苦戦はある程度覚悟していたとは言え,よくもこれだけの苦難が訪れるものだと半ば呆れる。しかし,その苦難を乗り越え,SAF1は今もグランプリシーズンを戦っている。
 亜久里代表が現役時代に残した言葉が強く心に残っている。

『苦しいときこそ,強くなれるとき』

 苦しいことから逃げることは簡単である。人間は楽な方に楽な方にと,逃げ道を探すものでもある。しかし,苦しさから逃げていては何も生まれない。自分自身が成長できるかどうかは,苦しさを乗り切れるかどうかにかかっているからである。「逆境を好機ととらえる。」「ピンチをチャンスに。」言葉で言うのは簡単だが,実現には多くの苦悩と並はずれた精神力が求められる。だからこそ人は強くなれるのだ。

 もしかしたらSAF1はチャンピオンチームにはなれないかもしれない。もしかしたら佐藤琢磨は優勝できないかもしれない。しかし,今シーズンSAF1が誕生したことは,日本のモータースポーツ界に於いては歴史的なことである。このブログは鈴木亜久里代表と佐藤琢磨選手率いるSAF1挑戦を見守りながら,様々な角度からモータースポーツを考えていくものである。

 Let's Formula Communicaton!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トップページ | 2006年7月 »