トップページ | ニューマシン「SA06」を考える »

2006年6月22日 (木)

フォーミュラ・コミュニケーション!!

 初めてF1を生で見たのは1990年の日本GPだった。今から16年も前のことである。スタートからわずか数秒後,フロントローからスタートしたマクラーレンのアイルトン・セナとフェラーリのアラン・プロストが接触,両者リタイアというショッキングな幕開けとなったGPである。誰も予想できなかったドライバーズタイトル争いの幕切れに,サーキット中が凍りついた。これによりセナの2度目のタイトルが確定。しかしその後味の悪さは,誰もが感じることであった。

 そんな重い空気を切り裂いたのが,地元日本で気迫の走りを見せるエスポラルースの鈴木亜久里だった。予選9番手からスタートした亜久里は,メインストレートでロータスのディレック・ワーウィックをとらえると,タイヤを半分ダートに落としつつも1コーナーの立ち上がりで豪快にパッシング。スタンドからは猛烈な歓声が沸き上がる。その後も亜久里は,当時4強の一角を占めていたウィリアムズの2台を従え順調に周回を重ねる。そしてクライマックス。ベネトンのネルソン・ピケ&ロベルト・モレノに続き,堂々の3位表彰台を獲得。15万の地元ファンの前で表彰台に上がった亜久里は,口を真一文字に結び,わき上がる感動をかみしめるように見えた。一転,お得意の「亜久里スマイル」でのシャンパンファイトは,今も色あせることのない想い出である。

 時は流れ2006年。再び日の丸を表彰台に揚げるべく,亜久里は今度はチーム代表としてF1の世界に戻ってきた。昨年11月1日の「スーパーアグリF1」参戦発表からわずか128日。誰もがその挑戦を無謀と考える中,開幕戦の舞台であるバーレーンのスターティンググリッドにはには2台のマシンが並んでいた。そして4年落ちのマシンを必死に操った佐藤琢磨の完走。現役時代から有言実行をモットーとしていた亜久里代表の想いが,奇跡を生んだ瞬間であった。

 今シーズンほどF1を真剣に見たことはない。佐藤琢磨のB・A・R解雇,SAF1参戦までの長い道のり,老兵SA05での苦しい戦い,井出有治のライセンス剥奪・・・。わずか1年前には想像も出来なかったことが次々に起こっている。SAF1の苦戦はある程度覚悟していたとは言え,よくもこれだけの苦難が訪れるものだと半ば呆れる。しかし,その苦難を乗り越え,SAF1は今もグランプリシーズンを戦っている。
 亜久里代表が現役時代に残した言葉が強く心に残っている。

『苦しいときこそ,強くなれるとき』

 苦しいことから逃げることは簡単である。人間は楽な方に楽な方にと,逃げ道を探すものでもある。しかし,苦しさから逃げていては何も生まれない。自分自身が成長できるかどうかは,苦しさを乗り切れるかどうかにかかっているからである。「逆境を好機ととらえる。」「ピンチをチャンスに。」言葉で言うのは簡単だが,実現には多くの苦悩と並はずれた精神力が求められる。だからこそ人は強くなれるのだ。

 もしかしたらSAF1はチャンピオンチームにはなれないかもしれない。もしかしたら佐藤琢磨は優勝できないかもしれない。しかし,今シーズンSAF1が誕生したことは,日本のモータースポーツ界に於いては歴史的なことである。このブログは鈴木亜久里代表と佐藤琢磨選手率いるSAF1挑戦を見守りながら,様々な角度からモータースポーツを考えていくものである。

 Let's Formula Communicaton!!

|

トップページ | ニューマシン「SA06」を考える »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/185587/11262809

この記事へのトラックバック一覧です: フォーミュラ・コミュニケーション!!:

トップページ | ニューマシン「SA06」を考える »