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2006年7月11日 (火)

移籍のタイミング

 マクラーレンのファン-パブロ・モントーヤが,NASCARシリーズへ転向することとなった。来年度フェルナンド・アロンソがマクラーレンに移籍してくることを考えると,キミ・ライコネンはともかくモントーヤの居場所がないのは誰の目から見ても明らかだった。NASCARへの転向はBMWザウバーのジャック・ビルヌーブが噂さていたが,正直モントーヤの選択は意外だった。とは言え移籍先はCARTシリーズでチャンピオンをともに勝ち取ったチップ・ガナッシ,マシンはメルセデスとは姉妹関係にあるクライスラーと,なるほどと頷けるラインナップではある。レースと言うよりもよりエンターテイメント色の強いNASCARで,モントーヤ(あるいはビルヌーブ)がすぐに活躍できるかは不明瞭だが,アメリカでは最大の観客動員数と視聴率を誇るこのシリーズへの注目度が上がることは間違いないだろう。

 昔からチームの移籍やシリーズの転向は,ドライバー人生を左右する大きな分岐点となってきた。今をときめくチャンピオンであるアロンソも,フラビオ・ブリアトーレの目に留まらずルノーに移籍移籍することがなければ,今のポジションにたどり着けたかどうかはわからない。'91年ベルギーGPでジョーダン・フォードから衝撃的なデビューを果たしたミハエル・シューマッハも,ベネトン・フォード(現ルノー)に引き抜かれることがなければ,運命は変わっていたかもしれない。

 '90年のオフシーズン,日本GPでベネトン・フォードのネルソン・ピケ&ロベルト・モレノに続く3位表彰台を獲得した鈴木亜久里は人生の分岐点に立っていた。自分をサポートしてきてくれたエスポとともにラルースに残留するのか。それとも,モレノに代わりベネトンのセカンドドライバーとして契約するのか。その動向が注目されたが,結果的には亜久里はラルース残留を選択した。しかし,バブル崩壊によりエスポはスポンサーを撤退。ランボルギーニエンジンを失ったラルースは大幅な戦闘力の低下を余儀なくされ,翌91年シーズンは予選通過すれすれの苦しい戦いを強いられることになる。結果この年亜久里のポイントは開幕戦アメリカGPで獲得した1ポイントのみ。その後フットワーク・リジェを渡り歩くも,満足な成績を残せないまま'95年の日本GPで,そのF1ドライバー人生を終えることになる。

 '94年のオフシーズンにも,日本人ドライバーによる人生の分岐点があった。その年F1で3シーズン目の片山右京は,ティレル・ヤマハを駆り勢いのある走りを見せていた。この年の最高成績は5位だったが,ドイツGPでは一時3位を走行するなど,徐々にその才能を開花させつつあった。それに目を付けたのが,またもブリアトーレであった。ブリアトーレは右京の前に契約書とペンを置き,シューマッハの僚友としての契約を迫った。ベネトンは翌95年にルノーエンジンの搭載が決定しており,戦闘力アップは確実であった。現に翌年シューマッハは,2年連続のドライバーズタイトルを獲得している。しかし,右京がベネトン移籍を選ぶことはなかった。様々なしがらみよりその選択肢は封印されてしまったのだが,運命の分かれ道だったのは間違いない。

 今シーズンSAF1で苦戦を強いられている佐藤琢磨も,もしかしたら人生の分岐点のを通り過ぎたのかもしれない。とはいえ彼の場合は,ステップアップを望むべくもない新興チームへの移籍を決断したわけで,上記の2人とは条件が異なる。ここまで非力なマシンで時折光る走りをしてはいるが,もう一度F1の表舞台に立つには周囲をあっと驚かせる走りをする必要があるだろう。全ては新車SA06の出来にかかっている。

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