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2010年1月27日 (水)

命とは・・・

 「命とは残された時間である」という言葉を,最近読んだ本の中に見つけた。限りある命とどう向かい合っていくか。そして,自分に残された時間を,どのように生きていくのか?いつ訪れるともしれない「死」の恐怖に戦くよりも,生きているという喜びをかみしめながら,残された時間を精一杯生きることが,自分の命に真っ正面から向き合うということなのだと。そしてその本の筆者は,こうも記していた。「命を,自分のためだけでなく,人のために使ってあげてほしい・・・」と。自分に残された時間は,自分自身のためだけにあるのではない。自分の愛する人,自分を支えてくれる人,自分を信じてくれている人・・・。自分に残された時間,すなわち命は,そんな人たちのためにも使われるべきなのであろう。

 最後にこのブログを書いた2007年のクリスマス・イブから,2年以上の年月が流れた。中途半端に,何の前触れもなく更新を止めてしまったのは,新しい命と向き合うことになったからである。2008年1月27日,ちょうど2年前の今日,最愛の娘が誕生した。一時は切迫早産の危険性もあった妻が,9ヶ月近く大切に育んできた命を,この世に誕生させたのだ。それからというもの,私の生活は一変した。自分の時間を好きなように,ほぼ自分自身のためだけに使ってきていた私が,自分よりも遙かに幼く,無力で,小さな命のために,自分の「命」を使うようになったのだ。そしてそれは,「親」として至極当然のことであった。

 1度止めてしまった流れを取り戻すには,それ相応のエネルギーがいる。広げた風呂敷を閉じるため,最後にもう1度筆を執るのに,2年という月日を費やした。その間にも,世界は一瞬たりとも止まることなく動き続けている。それは,「日進月歩」どころか,「秒進分歩」のF1界にとっても同じこと。この2年の間に,SAF1が,ホンダが,そしてトヨタがF1を去り,佐藤琢磨,山本左近,中嶋一貴の日本人ドライバーも,もはや「過去のドライバー」になろうとしている。2010年を最後にブリヂストンがタイヤ供給から撤退すると,「F1から日本がなくなる」という,一時期では考えられないような事態が,現実に起ころうとしていたのである。

 そんな中で唯一の希望は,このブログでも以前から注目していた,小林可夢偉の存在であった。昨年11月に行われた「モータースポーツフェスティバル2009」で,幸運にもその可夢偉からサインをもらう機会に恵まれた。「可夢偉選手,干支と誕生日同じですよね?」と,私が差し出した運転免許証を見て,「あ,ホンマや!」と言いながら,気さくにサインをしてくれた可夢偉。その翌日に舞い込んだF1デビューの知らせを聞いたとき,どんなにうれしかったことか。その後の活躍と,トヨタ撤退のどん底から実力で勝ち取ったBMWザウバーのレギュラーシートは,これからの可夢偉の活躍を予感させるに十分なものだろう。

 新しい時代の幕開けが,刻一刻と迫っている。そんなF1を一人のファンとして,これからも見守り続けるだろう。このブログを始めたのは,弟の誕生日。自分と同じ誕生日の可夢偉の活躍を祈りながら,娘の誕生日の今日,ここに筆を置こうと思う。

最愛の妻みゆきと,娘みずほのために,この「命」を捧げながら・・・。 KAZ

 

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