2007年10月28日 (日)

崇高なる跳ね馬の行方

 世の中に崇高なものは数限りなくあるが,レースの世界となると,それぞれの価値観によって崇高さは異なってくる。しかし「フェラーリ」という名は,世界中どの国に行っても,ある種独特の響きと世界観を感じさせてくれるものだろう。以前,旅行でイタリアを訪れた際,ミラノのとあるレストランで食事をしたことがある。F1ドライバーも訪れるというそのレストランの壁面には,歴代フェラーリF1の写真が数多くディスプレイされていた。そして,私が座った席の真横には,「カヴァッリーノ・ランパンテ」のエンブレムが,誇らしげに飾られていた。フェラーリ信者でもない私でも,思わず手を合わせてしまいたくなるような,そんな崇高さを感じた思い出がある。

 さて,キミ・ライコネンによる大逆転劇で幕を閉じた2007年シーズンだが,チャンピオンチームとなったフェラーリの来季体制は,まだ不透明な点が多い。一時はマクラーレンのフェルナンド・アロンソが移籍することも噂されたが,少なくとも2008年に関しては,ライコネン&マッサのラインアップに変更はなさそうである。スペインで行なわれたアストゥリアス皇太子賞の授与式に参加しミハエル・シューマッハも,「フェルナンドのファンをがっかりさせたくはないけど,今のところフェラーリのシートは埋まっている。マッサとライコネンは長期契約をしているから,現時点ではどうしようもない。僕たちは2人のドライバーに満足しているからね」と,アロンソのフェラーリ入りを否定している。

 そうなると問題は,誰が代表の座に就くかという点であろう。フェラーリの総帥であるルカ・ディ・モンテゼモロ/フィアット会長は,来季の体制はクリスマス前までには発表することを明らかにしたが,これが一筋縄ではいきそうにない。一時はジャン・トッド代表がダブル・タイトルを花道に一線を退き,代わって現在長期休暇中のロス・ブラウン/元テクニカル・ディレクターが代表の座に就くと目されていた。しかし,フェリペ・マッサが,2010年まで契約を延長したことで,情勢は微妙に変化している。そしてそこには,ミハエル,バーンを従えるモンテゼモロ会長と,息子でありマッサのマネージャーでもあるニコラスを擁するトッド代表との権力抗争が見え隠れする。

 元来トッド代表は,モンテゼモロ会長自身がスポーティング・ディレクターに任命した人物である。就任当初は中々結果の出なかったトッド体制であったが,ミハエル&バーンを獲得し,1999年から実に6年連続コンストラクターズ・タイトル獲得という黄金期を築き上げた。しかし,そのシューマッハが引退した現在,二人の関係は微妙に変化してきている。今後もフェラーリF1に影響力を残したいモンテゼモロ会長と,現在の立場を維持しつつ,いずれ息子のニコラス・トッド氏をフェラーリの代表に就かせたいトッド代表。「シューマッハ以降」の崇高なる跳ね馬は,その行方を決めかねている。

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2007年9月16日 (日)

”シロ”が”クロ”に変わるとき

 本当に信じられるものとは,一体この世の中に幾つあるのだろう。長い間”シロ”と思われていたものが,一瞬にして”クロ”に変わってしまうことも,またその逆が起こることも,F1の世界では日常茶飯事である。今週水曜日,今季のF1界最大のスキャンダルと言ってもいい,マクラーレンに対するのスパイ疑惑の判決が,FIA世界モータースポーツ評議会より発表された。その判決内容は,マクラーレンのコンストラクターズ・ポイントを剥奪。更に,1億ドル(約115億円)という巨額の罰金を科すというもの。一度はFIAにより”シロ”の判決を言い渡されていたマクラーレンであったが,急転直下,今度は”クロ”の烙印を押されてしまったのだ。

 コトの発端となったのは,以前「ステップニー・ゲートの結末」にも書いた,フェラーリのナイジェル・ステップニーと,マクラーレンのマイク・コフランによるスパイ疑惑である。今回争点となったのは,フェラーリの機密事項をマクラーレンがどの程度「組織的に」把握していたかであった。前回,7月26日の公聴会に提出された証拠からは,ステップニーとコフランが僅かな接触を試みていたことしか認められなかったため,判決は”シロ”だった。しかし今回は,「コフランの所有していた大量の情報は組織的な方法で受け取ったものであり,チーム内である程度共有され,マクラーレンは彼から競技上のアドバンテージを与えられた」と,裁定文の中で示している。

 マクラーレンがFIAの定めるスポーティング・コードに違反し,不当にフェラーリの技術情報を入手していたのは,紛れもない事実であろう。しかし,それによりマクラーレンが,ライバルチームに対してどれほどのアドバンテージを得ていたのかというと,大いに疑問が残る。ましてやその情報が,彼らのマシンMP4-22に流用された証拠があるわけでもないだろう。ライバルチームの情報を不当に「所持」しているだけで”クロ”となるのであれば,今季始めにスパイカーがレッドブルの設計図を入手していた件はどうなるのであろう。結局彼らには,何のお咎めもなかったのだが・・・。

 FIAが「フェラーリ贔屓」や「ダブル・スタンダード」と非難されるのは,今更始まったことではない。ポール・ストゥダートが「FIAって何の略語だと思う?フェラーリ国際協力機構(Ferrari International Assistance)なんだ」と冗談を言うように,今でも散々フェラーリ有利の判定を下してきた。今回の判決も,フェラーリが絡んでいたから大事になったのであって,下位チームが同じような違反を犯したところで,これほど厳しい裁定を下されることもなかったであろう。唯一の救いは,アロンソ&ハミルトンのドライバーズ・ポイントが剥奪されず,彼らの真剣勝負が政治の犠牲にならなかったこと。その”シロ”が,また”クロ”に変わらないことを祈ろう。 

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2007年7月15日 (日)

ステップニー・ゲートの結末

 台風の日は,集中して物事に打ち込むことができる。どうせ外に出たところで,ずぶ濡れになるだけなのだから,家でおとなしく何かに打ち込んでいた方がいい。現在日本列島は,台風4号により猛烈な雨風にさらされているが,F1界に於いてもここ数週間,チャンピオンシップを根底から覆しかねない大騒動が起こっている。事と次第によっては,現在選手権をリードする,ルイス・ハミルトンとフェルナンド・アロンソのポイント剥奪にまで発展しかねない。元フェラーリのナイジェル・ステップニーと,マクラーレンのマイク・コフランを中心とするスパイ事件,「ステップニー・ゲート」である。

 事の発端は,1ヶ月ほど前,フェラーリがステップニーを「レースカーへの破壊工作」で提訴したことに始まる。ステップニーは今年初め,レース&テスト・テクニカル・マネージャーからファクトリー勤務に降格されたことに不満を抱いており,チームとの関係が悪化していた。それに対する報復かとみられていたが,事はこれだけでは収まらなかった。ステップニーはマシン設計図を含む多くの機密文書を,何とライバルチームであるマクラーレンのチーフ・デザイナー,マイク・コフランに横流ししていたというのだ。更にふたりは,この機密文書を手土産にホンダへに移籍を目論んでいたという。

 スパイ事件というと,2002年に起こった「トヨタ事件」が有名だが,今回はそれ以上に複雑かつ不可解な事件であると言わざるを得ない。まず第1に,ステップニーが危険を冒してまで,機密文書を持ち出す理由がわからない。ホンダへの移籍を画策していた彼は,フェラーリF2007の技術設計図だけでなく,作業過程,チーム戦略,予算,組織の内部構造などに関する情報が,再就職に有益であると考えたのかもしれない。しかし,ライバルチームの上級エンジニアふたりによる,手土産持参の怪しげな求職に,ホンダが応じるとでも思ったのだろうか。事実,ホンダのニック・フライ代表は,ふたりとの接触は認めたものの,結局不採用の決断をしている。

 第2の疑問は,ステップニーとコフランの機密文書に対する取り扱いである。ステップニーは不正入手した文書を,自宅に残したまま家族旅行に出かけているし,コフランはステップニーから得た機密文書を,テクニカル・ディレクターのジョナサン・ニールをはじめをするマクラーレンのスタッフ数人に見せているという。しかもコフランは,780ページにも及ぶ文書を,あろう事か彼の妻に印刷屋でコピーさせるという,機密文書を扱うには極めてお粗末な行為としている。本当に機密文書を手土産にホンダに移籍するのであれば,そんなずさんな取り扱いをするだろうか。解決にはまだまだ長い時間がかかりそうな,「ステップニー・ゲート」。我々は結末を見守るしかない。

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2007年2月16日 (金)

アイスマンの目的

 人は誰かと比較されることを嫌う。自尊心の高い者であればあるほど,そうであることが多い。世界最速のマシンを操るF1ドライバーともなれば,その傾向はより顕著に表れる。F1の世界にニュースターが登場した場合,決まって「第2の誰某」などと形容されることが多い。昨年,BMWザウバーでナチュラルな速さを見せたセバスチャン・ベッテルは,「第2のミハエル・シューマッハ」。黒人として始めてF1ドライバーとなったルイス・ハミルトンは,「第2のタイガー・ウッズ」。しかし,そういわれた者が返す言葉は,たいがい決まっている。「僕は僕,他の誰でもない」と。

 6年間在籍したマクラーレンを離れ,今季フェラーリでチャンピオンシップに挑むキミ・ライコネンには,当然シューマッハの影がちらつく。偉大なる皇帝の後任としてフェラーリ入りしただけに,周囲の期待も半端なものでない。しかし当の本人は「ミハエルから引き継いだことは特にプレッシャーではない」と,気にもしていない。この感情を表に出すことの少ない(出すのは大好きなお酒が入った時だけ?)フィンランド人が唯一関心があるのは,いかにマシンを速くするかという「目的」だけである。そのためにどんな「手段」を採るかは,彼自身が決めることである。そして幸いにも,ロン・デニス代表の厳格なチームとは異なり,フェラーリにはライコネンにそれを許すだけの器がある。 

 「もう現役を引退したシューマッハが,ああしていつまでもガレージに顔を出すのでは、ライコネンだって迷惑なことだろう」と,マーク・ウェバーはいらぬお世話をしていたが,ライコネンはシューマッハに対しても,特別な関心はないようだ。英Daily Mailの取材に対し「彼と前回話をしたのは,先月のマシン発表会の時。ごく普通ののことを話した」と,ドライビングやチーム運営についてのアドバイスをもらったわけではない事を話している。既にマクラーレンで,F1ドライバーとしての方向性を固めているライコネンは,フェラーリにあっても,それを大きく変えるつもりはないのだろう。従って,シューマッハのアドバイスは有用であっても,必ずしも必要なものではないのだろう。

 ヨーロッパでのテストを終えたフェラーリは,ライバルチームと同じくバーレーンでの合同テストに参加する。1月中旬にデビューした新型車F2007は,天候不順と数々のトラブルにより,これまで十分な周回を重ねたとは言い難い。しかしライコネンは,現在のポジションが一時的なものであることを理解しており,「バーレーンテストは,今季を占う上で極めて重要なものになるだろう」と,総仕上げとなるテストを重要視している。「気になるのは仕事が終わる時間だけ」と,常にマイペースな北欧のアイスマンも,そろそろ本気モードになるかな?

参照リンク: @nifty F1通信 

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2007年1月15日 (月)

進化した跳ね馬

 新しい物が全ていいというわけではないが,誰しも新車を運転する時は喜々とした顔になるものだ。シートのビニールを剥がし,おろし立てのいい香りのする車内でしばらくくつろいだ後,キーを捻りエンジンをかける・・・。ドライブするのが待ち遠しいのは,市販車であってもF1マシンであっても同じ事である。昨日フェラーリの新車F2007が,チームの本拠地マラネロで公開された。今回発表されたのはファクトリー内の画像のみであり,正式な発表が行われるのは後日となるようだが,キミ・ライコネン&フェリペ・マッサの二人は,早くドライブしたくて仕方がないようだ。

 新型車F2007は,昨年の248F1という名称から,再び「F+西暦」という黄金時代を築いた時のシャシー名称に戻されている。丸みを帯びたフロントノーズは前年型からの正常進化だが,ギアボックスの小型化に伴い,リアのコークボトルの絞り込みは更に強まり,エンジンの排気方向もリアウイング中心部へと変更されている。注目されたサスペンションの取り付け方法は,248F1まで頑なに採用し続けてきたシングルキールを捨て,ライバル達と同じゼロキールを採用している。また,ホイールベースの延長により全長は長くなったものの,重量の増加は全体として10kgにとどまっている。

 シューマッハ時代が終わり,新体制でスタートしたフェラーリは,これと同時にチームのイメージ・ロゴも新しいものにしてきている。斜体となったマルボロのロゴの隣には,「SF」の文字,そして下部にこれまた斜体で「SCUDERIA FERRARI」というデザイン。若干安っぽさも残るこのデザインは賛否両論あるだろうが,そのうち見慣れてくるのだろう。ボーダフォンの抜けたスポンサーには,アブダビのムバダラ開発を獲得。マシンのカラーリングも大きく変更され,今までホワイトにペイントされていたフロント&リアウイングもマルボロ・レッドに統一。赤一色となったボディは多少の違和感が残るものの,マルボロのロゴが斜体になったことで,一通りの精悍さは保たれている。

 さて,引退しても尚,フェラーリにおけるミハエル・シューマッハのポジションは盤石のようだ。ジャン・トッド/CEO兼マネージング・ディレクターは,「シューマッハによるドライブを歓迎する」と語っており,王座奪回に向けて是が非でも皇帝の力を借りたいようである。ライコネンも常々「シューマッハのアドバイスは有用」と話していることからも,今後シューマッハの動向が一層注目されている。両ドライバーとも,「F2007はとても美しい」と表現しているが,美しいマシンが速く走れるわけではなく,速いマシンが美しいマシンと呼ばれるようになることの方が多い。新体制となったフェラーリが再び黄金時代を築けるのか。全ては進化した跳ね馬の出来にかかっている。

参照リンク:@nifty F1通信

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2007年1月11日 (木)

「赤い彗星」を継ぐ者

 人は他者に対し,先入観から勝手なイメージを作り上げてしまうことが多い。しかし,努めて冷静に振る舞っている人間の内面に,隠された情熱があることもあれば,一見陽気で悩とは無縁と思っていた人間が,実はとても繊細であったりする。例えば冷静沈着なレース運びから「プロフェッサー」と呼ばれた元世界王者のアラン・プロストは,実のところそれとは正反対の感覚派のドライバーであったという。古巣マクラーレンのロン・デニス代表から「アイスマン」というニックネームをいただいたキミ・ライコネンも,その内面は酒好きでやんちゃな部分を多く持つ,実に感覚派のドライバーである。

 そのライコネンが,フェラーリ・ドライバーとして公式に姿を現した。ウェアの色が「アイスマン」のイメージを強調させたメルセデス・シルバーから,マルボロ・レッドになったことで,周囲に与える印象もだいぶ変わってくる。ライコネンは初めてマラネロを訪れた時の印象を「それまで予想していたよりもずっとチームの雰囲気がフレンドリーだった」と語っている。マクラーレンは伝統と規律を重んじるチームであるため,やんちゃなライコネンには少々窮屈な部分があったのかもしれない。しかしフェラーリを愛するが故に,勝てば英雄として賞賛し,負ければ罵倒するイタリアのメディアとティフォシがいる限り,ライコネンが本当にリラックスできる日は来ないだろう。

 さて,10年以上に渡りミハエル・シューマッハによる絶対帝政が敷かれてきたフェラーリは,今季久しぶりに二人のドライバーを同等に扱う事を明言している。しかし,チームが幾らそう宣言していても,シーズンを戦っていく中で成績に開きが出てくれば,当然チームは速いドライバーに傾いていくことになる。だからこそ今までもフェラーリは,結果として「チーム・シューマッハ」となっていたのだ。そのフェラーリに於いて,成長著しいフェリペ・マッサと争うことは容易なことではない。しかしライコネンは「自分のやり方をかえるつもりはない。このままで十分に通用する」と,強気な姿勢を示している。

 では今季,フェラーリはどの程度の速さを示すことができるのだろうか。一説によると,フェラーリのニューマシンは,昨年の248F1から大きく姿を変えることになると言う。2004年までの黄金期を引きずって開発されてきたフェラーリのマシンは,全チーム中唯一のシングルキールであるなどその設計思想が古くなっており,そろそろ大幅なモデルチェンジが必要と判断したのだろう。ブリヂストン・ワンメイクとなったタイヤはフェラーリ有利との見方が強いが,これとてマシンの出来に大きく左右される。マシンの決まっている時のマッサは手の付けられないような速さを示すが,純粋な速さではライコネンに分がある。さて,「赤い彗星」を継ぐのは,果たしてどちらになるのやら。

参照リンク:@nifty F1通信

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2006年11月28日 (火)

生きているという奇跡

 歴史に名を残した人物だけが,必ずしも英雄であるとは限らない。歴史上は取るに足らない一市民であっても,人に負けぬ努力を重ね,人を引きつけるだけの魅力を備えていれば,誰しも英雄となれるチャンスを持っている。F1至上類い希な成績を残し,偉大なチャンピオンとして今シーズン限りで引退したミハエル・シューマッハは,数多くの栄光と共に数多くの批判も受けてきた。レンガ職人の息子が,一代で築いたサクセスストーリーは,先頃発売された自伝「ミハエル・シューマッハ 」で読むことができる。どんな内容なのか,一度は目を通してみたいものだ。読むのは大変だろうけど。

 そんな数多くの名誉と栄光を得たシューマッハでも,得られないもがあったようだ。先頃シューマッハの生まれ故郷であるドイツ・ケルペンで,彼を名誉市民にするよう動きがあったものの,市側にあえなく却下されたという。「名誉市民とは,その地に何十年と続けて居住し貢献した者に与えられるべき」という市長の考えはもっともだと思うが,絶大なる人気を誇る国民的スターであっても,そう簡単に名誉市民の称号を与えないところが,いかにもお堅いドイツらしい。居住していたわけでもないフェラーリの本拠地イタリア・マラネロが,名誉市民の称号を与えていることとは対照的である。

 さて,引退したシューマッハは地元ドイツ紙に,現役時代には表に出さなかった多くの事実を語っている。引退した理由がモチベーションの低下であったこと。フェラーリで№1待遇を求めたことはなかったこと。マクラーレンに加入しなかったのは,ロン・デニスと根本的な意見の相違があったこと。そして,もう2度とF1のコックピットには座らないこと・・・。その中で最も興味を引いたのが,故アイルトン・セナについて語ったことだった。シューマッハがF1に来たとき,セナは既に偉大なチャンピオンだった。シューマッハは世代の違うセナを超えるために激しく抵抗し,時として彼から諭されることもあった。セナを超えるためには,サーキットで自らの力を示すしか方法がなかったのだ。

 そして1994年,「悲劇のイモラ」を迎える。セナの葬儀に参列せずテストに向かったとして,当時メディアはシューマッハを痛烈に批判した。しかし,イモラの後シューマッハは,真剣に引退を考えていたという。そして,本当にもう一度走ることができるかどうか,自分自身に問いかけるためにテストに向かった。後に彼は,逆にメディアを批判する。「あの週末はセナだけでなく,ローランド・ラッツェンバーガーも亡くなっていたのに」と。あれ以来F1での死亡事故は起きていないが,人が死ぬという事実はそう簡単に受け入れられるものではない。

 『生きているということは,奇跡に近いこと』

生きたくとも生きられない人間がいる中で,自ら死を選ぶ人間がいることも,悲しい。

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2006年10月30日 (月)

次世代フェラーリを担う者

 長い間当たり前のようにあったものが突然なくなると,その事実を受け入れるまでには時間を要する。その時間の長さは人によって様々だろうが,失ったものが大きければ大きいほど,事実を受け入れるまでの時間は長い。ミハエル・シューマッハ現役引退から1週間。彼がF1フィールドにいないという事実を,我々は来シーズンの開幕戦で見ることとなる。シューマッハ引退の事実を実感するのは,きっとその時なのだろう。毎年恒例になっているフェラーリのファン感謝イベントに参加したシューマッハ自身でさえ,「まだ全然引退したなんていう実感はない」と語っている。 

 シューマッハの引退により,フェラーリの体制も大きく変更された。シューマッハと共にベネトン&フェラーリの黄金時代を支えたロス・ブラウン氏は,テクニカル・ディレクターの座を退き,しばらく休養することを宣言している。ブラウン氏は「フェラーリは私のハートそのもののであり,他チームに行くことはない」と,フェラーリに復帰できるのなら他のチームに行くことはないことを明言している。また,エンジン部門の責任者だったパオロ・マルティネッリ氏も後進に道を譲った。そしてチーム監督だったジャン・トッド氏はフェラーリのCEO(最高経営責任者)に就任し,マネージング・ディレクターの職務と兼任することとなった。

 そのトッド氏の「スーパー・アシスタント」に指名されたのが,現役引退したシューマッハである。このポジションはシューマッハのために新設されたものであり,以前噂にあがっていた「アドバイザー」よりも,多岐にわたる役職であると考えられる。そもそもアドバイザーは,スポンサーに対する「親善大使」のようなものであり,チーム運営に直接口を出せるポジションではない。一方アシスタントは,中長期的な視野でフェラーリを運営を考えるポジションである。シューマッハはファクトリーでのデスクワークやテストへの同行などは求められず,自由な立場で動くことができるという。

 フェラーリがシューマッハに期待しているのは,未来のフェラーリドライバーを発掘することである。来シーズンコンビを組むキミ・ライコネンとフェリペ・マッサも,シューマッハは早い段階からその素質を見抜き,トッド氏やブラウン氏に彼らの話をしていたという。ルノーやマクラーレンなど,トップチームが若手育成に力を注ぐ中,フェラーリだけはこの分野に於いて立ち後れていることは明らかである。有能な若手の確保は,チームの将来にかかわる重要な課題でもあるだけに,ドライビングだけでなく若手発掘にもシューマッハの力を借りることにしたのだろう。彼のお眼鏡にかなった若手の中から,次世代のフェラーリを担う者が誕生する。それはシューマッハJrかもしれないが。

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2006年10月23日 (月)

お疲れ様!そしてありがとう

 使い古された言葉だが,レースは筋書きのないドラマであり,人生そのものである。劇的な展開は見る者全てを熱くさせ,人々はその結果に一喜一憂する。2006年最終戦ブラジルGPは,F1の歴史に新たな1ページを刻んだ。数々の苦難を乗り越えながら這い上がるミハエル・シューマッハの走りは,このレースで引退とは思えないほど凄まじいものだった。度重なるトラブルに見舞われながらも,次世代を担うドライバーたちを,1台また1台とオーバーテイクしていく。それはまるで,もう2度と共に戦うことのできない彼らへ,言葉では表せない多くのものを残していくようにも見えた。

 レースにタラレバは禁物である。しかし,予選10番手からのスタートでも,シューマッハの速さは圧倒的だった。従って,仮にジャンカルロ・フィジケラとの接触でタイヤをバーストさせなければ,シューマッハはフェルナンド・アロンソを追い抜き,フェリペ・マッサと共に1-2フィニッシュしていた可能性が高い。そうなれば,シューマッハが最後の目標としていたコンストラクターズ・タイトルも,フェラーリが獲得していただろう。しかし,勝利の女神はそれをよしとしなかった。バーストに加えトラブルを抱えた彼の跳ね馬は,ついにアロンソを捉えることはできなかった。

 しかし,最後尾から怒濤の追い上げを見せたシューマッハの走りは,誰も止めることのできない勢いを持っていた。次世代を担うルーキーを,かつて共に戦ったチームメイトを,そして自らの後継者を追い抜くその様は,皇帝が伝説となるにふさわしい素晴らしいものであった。この戦いの中で,フィジケラはシューマッハのプレッシャーに負けミスを犯し,チャンピオンチームのエースとなるには役不足であることを,自ら露呈してしまった。その一方で,フェラーリを去る者とその後を引き継ぐ者が繰り広げた間隔十数センチのバトルは,シューマッハだけでなくキミ・ライコネンが超一流のドライバーであることを,見ている者に改めて知らしめた。

 この戦いを以て,F1の歴史に一つの幕が降ろされた。2年連続の最年少チャンピオンとなったアロンソは,これからもチャンピオンシップをリードしていくだろう。しかし,それも長く続くとは思えない。彼を脅かす存在が,着実な進化を遂げつつあるのだ。マッサはすでに「勝てるドライバー」に変貌し,ライコネンも「無冠の帝王」から脱却するだろう。そして今後1~2年で,F1は一気に世代交代を終えることになる。2008年からのF1新時代には,今いるドライバーの顔ぶれが大きく変化していても,さして驚くことはない。最後まで「最速の皇帝」であり続けたシューマッハは,またいつの日かF1に戻ってくるだろう。その時を待ちながら今は一言。「お疲れ様!そしてありがとう。」

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2006年10月22日 (日)

皇帝への最終試練

 物事に「絶対」ということがないと同じように,圧倒的に優位に立っている者ですら,瞬時に奈落の底に突き落とされるのがF1の恐ろしいところである。昨日のブラジルGP最終予選は,まさにその「天国から地獄」をまざまざと見せつけられてしまった。しかもそれが,ミハエル・シューマッハの現役最終予選で起きたというのだから,尚のことショッキングである。Q3の開始と同時に,先頭を切ってコースに飛び出したシューマッハであったが,そのペースが一向に上がらない。ヨロヨロと今に止まりそうになりながらピットまでたどり着いたマシンを,メカニックが必死に修復するが,燃料系のトラブルに見舞われた彼の跳ね馬が再び動き出すことはなかった。

 予選Q2までのフェラーリは圧倒的な速さを誇り,他を全く寄せ付けなかった。シューマッハの速さもさることながら,フェリペ・マッサもレコードタイムをたたき出し,一発の速さではシューマッハに引けをとらないことを周囲に示した。一方コンストラクターズ・タイトルを争うルノーは,今ひとつ速さがない。フェルナンド・アロンソが上位に顔を出すものの,Eスペックエンジンを搭載しているはずのジャンカルロ・フィジケラは,フェラーリに大きく水を開けられた。ブリヂストンタイヤを履くトヨタが好調なことからも,フェラーリのフロント・ロウ獲得は,間違いないものと思われた。

 しかし,現実は違ったのだ。フェラーリにとって不幸中の幸いは,シューマッハのトラブルが「Q3」で出たことだろう。仮にこのトラブルが「Q1」で起きていたら,ドライバーズ・タイトルはおろか,コンストラクターズ・タイトルすら絶望的になったであろう。もちろんこのトラブルで,シューマッハの逆転タイトル獲得の望みは,完全にたたれたと言っていい。シューマッハ自身はとうにドライバーズ・タイトルを諦めていただろうから,今はルノーの前に出ることだけを考えているはずである。しかし,フェラーリがルノーを逆転するためには,1-2フィニッシュする事が求められるのだ。

 PPからスタートするマッサは,母国ブラジルGPで最高の走りをしており,このままポール・トゥ・ウィンをする可能性は十分ある。あとはシューマッハが怒濤の追い上げで前をいくルノー勢を追い抜き,2番手まで上がるだけである。勝利の女神は,皇帝の引退レースを,どのような結末にしようと考えているのだろうか。フェラーリが圧倒的な速さでルノーを置いてきぼりしては盛り上がらないから,シューマッハのマシンにちょっとしたトラブルを用意したというのか。今まで幾多の逆境を乗り越えてきた皇帝に,「最後の試練」が課せられたのだ。もしシューマッハがこの試練に打ち勝つことができたら,彼は名実共に「伝説のチャンピオン」となるだろう。

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