2007年11月18日 (日)

「国内最高峰」の変革

 「終わりよければすべてよし」という言葉があるように,どの様な過程があろうとも,最終的にスッキリする形で物事が終われば,嫌な思いをする人間も少ない。しかし,それまでどんなに素晴らしい戦いが展開されようとも,最後の最後でトラブルが起きてしまえば,「後味の悪さ」だけが残ることとなる。ブラジルGPでの「燃料温度問題」に対し,国際控訴裁判所がマクラーレンの控訴を却下したことで,キミ・ライコネンのチャンピオンがようやく確定したが,もしこの控訴が認められルイス・ハミルトンが逆転チャンピオンになろうものなら,今季数々のスキャンダルに見舞われたF1のイメージは,取り返しのつかないほど凋落したことだろう。

 日本でも今日,鈴鹿サーキットを舞台に,もうひとつのチャンピオン決定戦が行われた。「国内最高峰」フォーミュラ・ニッポンのタイトル決定戦である。そしてここにも,後味の悪さが残る結末が待ち受けていた。インパルのブノア・トレルイエと松田次生,ナカジマ・レーシングの小暮卓史による三つ巴の戦いは,小暮が優勝を飾り大逆転のチャンピオンを決めたかに思えた。しかし,レース終了から2時間後,マシンのスキッドブロック違反により小暮に失格の判定が下った。これにより,4位に繰り上がった松田がリタイアに終わったトレルイエを上回り,1点差で再逆転のチャンピオンとなったのだ。

 どのような形であれ違反は違反。そこに感情が入る余地はない。しかし,今まで繰り広げられてきた白熱の戦いが,僅か数ミリの狂いにより決まってしまったことには,小暮本人はもちろん多くの関係者やファンも失望していることだろう。小暮は今月20日に,今季インディ・プロシリーズを戦った武藤英紀と共に,SAF1でのF1初走行を控えていた。武藤が来季IRLにアンドレッティ・グリーン・レーシングからフル参戦するのに対し,小暮の来季に関してはまだ何の発表もない。小暮としてもF-NIPPONのチャンピオンを手土産に,F1へのステップアップを目指したかったに違いない。しかしそれも今となっては,叶わぬ夢となってしまうのだろうか。

 チャンピオンがF1へとステップアップ出来ない状況が続いているF-NIPPONは,一体これからどの様な道を歩むことになるのだろうか。F-NIPPONの統括団体であるJRPは,2009年から現行のローラFN06に変わりスウィフト・シャシーと新エンジンの導入を決定。「日本独自のトップカテゴリーとして地位を確立し,アジア・パシフィック地域を代表するレースを構築する」としている。GP2がF1へのステップアップカテゴリーとして不動の地位を築いている今,F-NIPPONは独自路線を歩むことを決断したのである。エイドリアン・スーティル,中嶋一貴ら全日本F3出身者が次々とF1へとステップアップしていく中,「国内最高峰」のF-NIPPONにも大きな変革が迫っている。

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2006年7月 7日 (金)

井出有治の将来は?

 今シーズン序盤4戦をSAF1からエントリーしていた井出有治のフォーミュラ・ニッポン復帰が決まった。チームは一昨年度のチャンピオンチーム「ドコモダンディライアン」。平中克幸にかわって第4戦からの復帰となる。井出はサンマリノの一件でスーパーライセンスを剥奪されており,レギュラードライバーはもちろん,第3ドライバーとして金曜日に出走することも許されていない。プライベートテストであればF1マシンをドライブすることもできるであろうが,資金不足のSAF1ではそのテストもほとんど行われていない。

 こういった状況の中,井出がF1以外のカテゴリーで走ることは必然とされていた。井出本人も「とにかく走りたい」という思いを何度も口にしている。当初の井出は,F1の最終ステップアップカテゴリーとして不動の地位を築きあげつつある,GP2シリーズへの参集を目ざしていた。マシン特性はもちろんシリーズのレベル,何よりそのほとんどのレースがF1のサポートイベントとして同時開催されている。サーキットを事前に把握することができることは,F1復帰を考えた際最良の選択であることは間違いなかった。しかし,実際に井出が選んだのはフォーミュラ・ニッポンだった。いや,正確に言えば,それしか選択肢は残されていなかったのだ。

 チームとしてシーズン途中でドライバーを変更するということがいかに大変なことであるかは簡単に想像できる。レーシングドライバーは「マシンをいかに速く走らせるか?」という課題を,おのおのが独自の方法で解決している。セッティングの好みやタイヤの使い方,果ては周囲とのコミュニケーションまで。チームの大きなパーツであるドライバーが変更となれば,それだけでシーズンの行方を変えてしまうことになりかねない。いかに交渉相手が「元F1ドライバー」とはいえ,GP2の各チームが井出をようこそと歓迎することはなかったであろう。

 結果,井出はフォーミュラ・ニッポンに復帰することになったのだが,結論から言えば,これで井出のF1復帰は完全になくなったと見ていいだろう。もちろんSAF1とのつながりは残されているし,鈴木亜久里代表も今後もサポートしていくと明言している。しかし,F1復帰のための最低条件はフォーミュラ・ニッポンで他を圧倒する走りを見せ,チャンピオンを獲得することである。しかも,その最低条件ですら,井出にとってはとんでもなく高いハードルである。現在のフォーミュラ・ニッポンには,井出よりも若く勢いあるドライバーはごまんといる。その連中と正面切ってぶつかったところで,中途半端な井出のポジションでは出せる結果も出すことはできない。そしてそれでも一度貼られた「危険なドライバー」のレッテルは,なかなか剥がれないだろう。

 イギリスGPから第3ドライバーを務めている山本左近の走りを見ていると,いかに井出がその力量を発揮できなかったかが伺える。左近は初めてのコースにもかかわらず,レギュラードライバーである佐藤琢磨のコンマ数秒落ちのタイムを刻んでいる。もちろん井出と左近では条件が異なるのは言うまでもない。もともと井出はスロースターターであり,努力を重ねて経験をため込み,じわりじわりとステップアップを果たしてきた。それは今までの経歴を見れば明らかなことであろう。しかし,それは言い訳にしかならない。F1の世界にはスロースターターは必要とされない。F1はドライバーが「育つ」場所ではないのだ。そもそも,亜久里代表が井出をセカンドドライバーに選出したときから,この運命は決まっていたのかも知れない。情に流されず始めから左近を起用していれば・・・。

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