2006年8月25日 (金)

消え去る者の運命

 移り変わりの激しい現代に於いて,人の記憶に長く留まることはなかなか難しいものだ。スポットライトが当たっているうちはいいが,それが消えればあっという間に忘れ去られてしまう。ロバート・クビサにシートを譲る形でF1引退に追い込まれたジャック・ビルニューブも,やがて人々から忘れ去られる運命にあるのだろうか。長年ビルニューブのマネージャーを務めてきたクレイグ・ポロックは,BMWチームの政治的な方針によってF1引退に追い込まれたと主張している。確かにこれは事実であろうが,もしビルニューブにかつての速さがあれば,チームもこうした判断を下すことはなかっただろう。

 日本のモータースポーツ界でも,先日ひとつの活動に終止符が打たれた。先週末に鈴鹿サーキットで行われた,スーパーGT第6戦鈴鹿1000kmを最後に,ディレクシブ・モータースポーツが全てのカテゴリーから姿を消した。このレースでディレクシブは70kgのウエイトハンデを課せられながらも2位入賞を果たし,現在GT300のランキングトップを維持している。今後は同体制を引き継ぐR&Dスポーツからのエントリーとなるが,資金的には依然厳しい状況にあるという。フォーミュラ出身の密山祥吾とハコ出身の谷口信輝という異色のコンビが,逆境を乗り越えてタイトルを獲れるか注目される。

 今回のディレクシブ撤退は,彼らを資金的に支えていたアキヤマ・ホールディングスが,「F1参戦」という目先の利益だけを追い求めた結果の悲劇である。そう考えるとディレクシブのドライバーやチームスタッフはもちろんのこと,芳賀美里代表もまた被害者の一人であると言える。彼女のレースに対する真摯な姿勢は多くの関係者の認めるところであったし,その熱意に多くのファンがエールを送っていたことも事実だ。爽やかなディレクシブ・ブルーをまとったマシンはサーキットから消えるが,まだ若い芳賀代表はまたいつかサーキットに舞い戻る日が来るかもしれない。

 さて,この鈴鹿1000kmで最も情けなかったのが井出有治であろう。ザナヴィニスモZの助っ人ドライバーに抜擢された井出だったが,他車と接触した上にドライブスルーペナルティの表示を見落として周回を重ね,最後は黒旗失格という最悪の結末を迎えた。ボーナスポイントの付く鈴鹿1000kmには,どのチームの必勝態勢で臨んでくる。そのための井出起用だったが,チームの期待に応えられなかったばかりか,自身の評価をも下げてしまった。無線の故障など様々な不運が重なったこともあるが,失格という結果には変わりない。このような走りをしていたのでは,F1復帰はおろかドライバーとしてもフェードアウトしてしまう。F1復帰を応援する多くのファンのためにも,井出にはもう一度自分の足下を見直してもらいたい。

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2006年8月 2日 (水)

ディレクシブ不時着・・・

 危惧していたことが現実となってしまった。昨日ディレクシブは,今シーズンのモータースポーツ活動内容の変更を公式サイトで発表した。その内容は,F1プロジェクトおよびGP2を始めとする海外でのレース活動から完全に撤退するというもの。これにより,F1のマクラーレンとのパートナーシップ,DPR(ディビット・プライス・レーシング)とジョイント参戦していたGP2,およびイギリスF3からの完全撤退を余儀なくされた。当然アレクサンダー・ブルツ,ルイス・ハミルトン,クリヴィオ・ピッチオーネなどのマネージメントドライバーとも契約を解消するはずである。

 更に衝撃的だったのが,国内の活動に関してだ。DPRとのジョイント参戦だったフォーミュラ・ニッポンは活動休止。スーパーGTは継続参戦の意向を示していたものの,「継続参戦を模索している」との表現であり,場合によってはモータースポーツそのものから完全撤退することも予想される。フォーミュラ・ニッポンからの撤退については,DPRとのこともありある程度予想できたことだが,シリーズチャンピオンの可能性を残しているスーパーGTからも手を引かざるを得ないとなると,ディレクシブの受けた打撃は予想以上に大きく深いものと考えられる。

 F1を例に挙げるまでもなく,モータースポーツというものはとかく資金がかかるものである。チームはその運営資金のほとんどを,スポンサーからの広告料でまかなっているわけであり,そのスポンサーの撤退はすなわちチームの存続を左右するものとなる。今回のディレクシブのように,資金力にものを言わせて活動をスタートしたものの,あえなく撤退した例はいくつもある。バブリーな時代にチームオーナーとなった日本企業はこの典型的な例であり,マーチを買収したレイトンハウスを始めとして,ラルースの共同オーナーとなったエスポ,アロウズを買収したフットワークと枚挙に暇がない。

 今シーズン始めは飛ぶ鳥を落とす勢いだったディレクシブが,まさかこの短期間にこれだけ失速するとは誰が予想できただろう。この一連の騒動は,2008年からのF1参戦の道が閉ざされたことから始まったことは言うまでもない。参戦カテゴリーを増やし知名度アップに躍起になっていたのも,F1参戦という大目標があったからである。ディレクシブの活動を支えていたアキヤマホールディングスが,そのために莫大な資金を投じたのも,F1に参戦することの先行投資だった。しかし,その道が閉ざされた今,これ以上発展の見込みのないディレクシブに多額の資金を投入することは意味をなさない。金の切れ目が縁の切れ目という言葉がある。疾風のごとくモータースポーツ界に現れたディレクシブが,再び大空へ羽ばたくことはもうないのだろうか・・・。

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2006年7月25日 (火)

ディレクシブはどこへ行く

 マクラーレンのジュニアチームとしてF1参戦が噂されていたディレクシブがスポンサートラブルを起こしているらしい。昨シーズンからともにGP2に参戦してきたDPR(デイビット・プライス・レーシング)への支援を打ち切ったという。ディレクシブは昨シーズン後半からBCNコンペティションから参戦する吉本大樹への支援も行っていた。しかし,今月13日にマネージメント体制の変更がリリースされ,吉本はフランスGPからマネージメントをディレクシブからEMSマネージメントに変更していた。

 レースクイーン出身で語学も堪能,才色兼備の芳賀美里代表が率いるディレクシブは,その若さとバイタリティーを武器に事業を拡大してきた。2005年1月に設立されたディレクシブ・モータースポーツはGP2を皮切りに次々と勢力を拡大,マネージメントドライバーを増やしてきた。今シーズンからは日本国内にもその手を広げ,フォーミュラ・ニッポン,スーパーGTとその勢いはとどまることを知らなかった。特に12番目の参戦枠をめぐる争いには,マクラーレンとジョイントするなど積極的な姿勢を見せた。

 しかし,モータースポーツに対しての経験の浅いディレクシブは,デビット・リチャーズ率いるプロドライブに参戦枠を奪われてしまう。これによりF1参戦を最終目標にしてきたディレクシブは,ヨーロッパでの活動意義を見いだせなくなっていた。これが今回のGP2撤退の引き金になったことは容易に想像できる。先日の吉本のマネージメント契約は「双方合意の上で」とのことだったが,今回のDPRとのジョイント解消は,どうやらそうスムーズは話ではなさそうである。DPRとのジョイント体制が終了するということは,国内の活動にも影響を及ぼすのではないだろうか。ディレクシブは今シーズンからフォーミュラニッポンにも密山祥吾を擁し参戦しているが,ここでもGP2と同様にDPRとジョイントしている。今シーズンの継続参戦は問題ないであろうが,これについても今後何らかの発表がなされるだろう。

 ディレクシブがモータースポーツの世界に現れてからまだ1年半,謎の多い企業としてその実態が幾度となく話題となっていたが,今回の騒動でひとまずヨーロッパからは撤退することになるだろう。幸い国内カテゴリーではスーパーGTで順調な成績を収めており,今後は国内中心に活動を展開していくことになると考えられる。最大の目標であったF1進出の夢が途絶えた今,ディレクシブの行方がどうなるのかしばらく目が離せない。いっそのことSAF1のスポンサーにでもなってくれれば,ディレクシブのF1進出とSAF1のスポンサーの獲得という両者の課題が双方円満に解決するのだが・・・。

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